もっさん ブログ名はまだ無い。そう、募集中。

もっさんです。このたびアドベンチャー教育をベースにした学習サークルの「湘南PACE」が出来たのをきっかけに、ブログを作りました。みなさんでこの場を作っていきましょうね。

☆活動報告☆第19回湘南PACE

12月の湘南PACEは児童文学評論家の赤木かん子さんをお呼びして、「本とは何か」ということを中心に、特に教師が理解すべきことを話していただきました。
適度に心地よく斬っていただいき、とても痛快な4時間でした。



そしてこれがぎょのグラフィックの記録。
これをもとに文字起こししていきます。(川本の受け取り方なので、大きな間違いがあれば突っ込んでください)


・言葉には定義がある。この定義について意味を考え、分類をしてくことが基本的な学び方。言葉の本当の意味は言葉を集めることでわかる。例えば、「バナナ」。バナナの定義を百科事典で調べると、「バショウ科バショウ属〜」と書いてある。それを見れば「じゃあバショウ科ってなに?」という問いが出てきて、さらにそこを考えていく。この子どもの質問作業は、大人はめんどくさくなってすぐに突き放してしまいがち。「うるさい!」とか「なんだろね」で終わらせたり。でもこれこそが、ものを考える基礎。
・定義と分類の学びは、学問の基礎。学問とは、これを突き詰めて考えていくものである。だからこそ、この学び方はとても大事。
本当はそれぞれの教室に百科事典を置くべき。
・この学び方は3歳から8歳までが限界。なぜなら、この年齢はものを考える過程を純粋に楽しめるから。高学年なんてもう「めんどくさい」で終わってしまう。調べ学習はもっと小さいころからやるべき。1年生1学期に百科事典の引き方を覚えさせる。1年生12月から調べ学習はできる。
・言葉を丁寧に扱っていくこと。だからこそ、図書室・図書館が重要になってくる。


・要素「文字」「本」「情報」「図書館」「司書」
・「本」 本から理解することは難しいこと。だから講演会などで話してもらえると理解しやすい。本は、その7割の内容を事前に知っていると読めるが、それ以上知らない内容だと読めない。
・「本=小説」ではない。そもそも、NDCの分類で考えると、9が小説などの「空想系」であり、1〜8はすべて「リアル系」で事実にもとづいた話。本を読むことは物語を読むことだという指導は違う。(あと、理解力・・・男の子が理解できることなら女の子もたいてい理解できている。男の子が理解できているかを見て!)
・文字ができたとたんに歴史ができ、文字ができたとたんにそれを読む知識が必要になり「教師」が生まれた。
・「図書館」 5つの機能「収集」「保管」「分類」「研究」「還元」学校図書館公共図書館はそもそもこれらのためにできた。
・「司書」はプロ。教師に図書室・図書館運営は無理です。
・貸し出し冊数を制限するのはなぜ?
・なぜそのルールがある?できたときは意味があっても、今そのルールは意味がある?機能している?
・そもそも、子どもはリアル系の本(図鑑とか)が好きなのに、なぜかそういう本は禁帯出になっている。もっと貸せばいいじゃん。好きなだけ貸せばいいじゃん。大人の都合?子どもの都合?何のため?誰のため?


・先生はプロですよね。じゃあ自分が教えていることについて詳しく知っていますか?「調べ学習やってきなさい」と言うけど、それがどれだけ大変かわかりますか?読書感想文だって、本当は10分で教えられる。でもそもそも理解していないと教えられるわけなんてない。書き方やり方が分からないのに、「やってきなさい」はやめてください。
・文化・プレートの話。20代から50代はヤングアダルト世代という一つのプレートに乗っている。「ハリーポッター」「ダレンシャン」とかは、そもそもこのプレートの人たちが作り、その人たちが楽しむもの。ファンタジーを楽しめるのはそのプレートの人たちまでで、今の子どもで楽しめる子は一部の子。
・今の若い子はドラゴンボール嫌いだよ。あれは努力しなきゃいけないから。だからワンピースは流行る。実を食べれば一気に強くなれるから、楽。今のワンピース世代は30代(納得?)。
・50・60代以上はまた別のプレートに乗っている。小説物語じゃないと本じゃない!なんて言ってませんか?
・これからの教員は要注意。ヤングアダルト世代(20〜55歳くらい)のプレートは、みんな価値観が同じで、その世代の人たちだけになってしまう。価値観が多様にならないと、自分がやっていることを正しいと思い込んでしまう。教員は特に思い込みやすい。
・今の小中学生は「ボカロ小説」の世代。ボカロ小説知ってる?
・要するに、年代によって文化プレートが異なっている。それは、基本的な教養が違うから。自分たちが子どものころの読み物を平気で読ませてないか?それは、僕らが江戸時代の本を読むことと一緒。文化が違うんだから、(7割理解できないんだから)すらすら読めるわけがない。じゃあどうすればいいかというと、教養を与え、読み方を教えないといけない。



う〜まだ大切なことがたくさんありましたが、とりあえずここらへんで許してください。
(間違いある可能性がたくさん!なので、訂正あれば教えてください。ここのコメント欄にぜひ!)


この後は、聞いて出てきた疑問質問感想をみんなで共有しました。


その結果がこちら。


ぼくが講話を聞きながら考えたトークテーマはこんなかんじ。

字、汚な(笑)


ぼく自身すごく衝撃的な一日でした。
そして、適度に斬っていただいてとても気持ちが良かったです。僕らももやもやと思っていたことを言語化していただいたような爽快感がありました。

ただ、やはり思うことは、
「ぼくらだってできることならそうしたいさ!」
ということ。
学校には、子どもためにやりたいことができなくなる要素が多すぎる。これが本当に苦しい。
教えるためには僕ら自身が学ぶ必要がある。でも実際、僕らに学んでいる時間がない。子どものためにカリキュラムを作り出す時間がなく、教科書やテストの縛りがあってできない。
でも、そのなかでも少しずつできることをやっていかないといけないんですよね。この日を受けて今考えていることは・・・

・やっぱり「学ぶ」ってどういうことか。教科ではなく、学びの方法はあるはず。そしてシンプルな形が。
・同じく、教える内容は最低限で常にシンプルに。これが最近一番のキーワードかな。
・百科事典を教室に揃えたい。
・一年生のうちから、言葉を丁寧に問うことを続けたい。
・子どもに必要なことをもっともっともっとシンプルにして同じことを何度も学ぶチャンスを与え、繰り返すことで深めてあげたい。
・ボカロ小説って何だ!?
・読書感想文や本を使った調べ学習はもっと学ばないといけない(自分でも学ぶが、またかん子さんに教えてもらいたい)


以上です。
1月は・・・まだ考えていません。
どうしよう!!