先週行われた第7回湘南PACEの活動報告です。
天候に恵まれず、会場まで頑張って来ていただきた皆様。
ありがとうございます。
今回は対話をベースにした回ですので、参加者同士が話し合いをスムーズにできなければいけません。
どこかで読んだ本にも、
「ワークショップなど対話型の活動では参加者同士のアイスブレイクによる出会い直しが重要」
と書いてありました。
といことで、最初はぎょが、対話(会話)型アイスブレイクをやってくれました。
ラインナップ、シャベリカとグループワークトレーニングです。
「話しなさい」ではなく、
「話さないとできない」の視点はとても大事ですね。
結局は、コンテンツの魅力とかパワーがあれば、あとは参加者の力を信じて任せられますね。
う〜ん、計らずして学び。
そしていよいよ本日のメインイベントの「対話による鑑賞」です。
今回は、みなさんと話し合って見たかったという単純な好奇心からやってみました。なので、話し合いのガイドやまとめをほとんどしていません。そういったものは、現段階では本から学ぶものとして、とにかく鑑賞×対話をやって、みんなで鑑賞を楽しんでみたかったのです。
楽しんでもらえたのでしょうか。不安。
(写真なくてごめんなさい)
やるからには、どうして知識を与える鑑賞ではなく、参加者の自由な意見から解釈を導き出していく対話型の授業が成り立つのか(あっていいのか)という理論的な背景をおさえておかないといけないと思います。
そして、そういうのをおさえておかないと気が済まないのが私なので(笑)
ということで、
・文学解釈の時代背景(ニュークリティシズムとテクスト論)
・構成主義的な学力観と実証主義的な学力観との比較
というちょっと眠くなりそうな内容も自己満足的に話させていただきました。
だって、やるからには子どものためにも、
「なんとなくいいものだから」
「子どもが楽しんでいるから」
だけでは済まされないでしょ。
また、方法論に陥るのは教育の失敗だと思っているからです。
どんな方法も、方法の根底に流れる原理原則(理論的背景)をおさえると、その方法は活きたものになります。
でも、単純に方法だけに飛びつくと、たぶん失敗する。
あ、教育だけじゃないか。
ある意味、原理原則がそなわっていれば、逆に方法なんてなんだっていいと思うのです。
コアだよね〜
コア大事だよね〜
話を戻します。
会の最後はみんなでフリートークにしました。
すると、現代の図画工作や美術教育に対する問いがたくさんうまれた学び深い時間となりました。
「『先生これでいいの?』と聞いてくる子どもたちと、そうさせてしまっている図工でいいのか」
「やることが決まりすぎていて、自由度の少ない図工でいいのか」
「評価があまりにも先生の主観。子どもは何がいいものなのか分かっているのか」
「今の図工では、作品の出来映えには『偶然』がつきまといすぎている。『今回はうまくいった。前回はうまくいかなかった。今回は偶然うまくできたから』。自分で何かを作りあげる方法は身についているのか。これで何か身につくのか」
「創造力は確かな経験によって身につくと思う。経験がないのに、子どもに自由に作されてばかりでは、創造力はつかないのでは?創造力がないから真似するのではなく、たくさんの真似する経験を蓄積するから自分で創造する力がつくのでは」
といった感じ(主観入ってます。お許しを)。
はい。
という会でした。
みんな楽しんでもらえたのかなぁ。
う〜ん、いつ見ても秀逸なグラフィック。ぎょ!!
う〜ん、いつ見ても秀逸なグラフィック。ぎょ!!